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THE STORY OF TRENCH COAT 戦時、平時を問わず、トレンチコートは、ある種の男の特徴となり続けてきました。 今日においても、それは品格ある男性を定義する一つとなっています。

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HOW I WEAR IT : MARIKO KUO



トレンチ(塹壕)という名前にもかかわらず、トレンチコートは第一次世界大戦の塹壕の中で生まれたわけではなく、その中で磨き上げられたにすぎません。
このアイコニックな服の原型であるロング丈のコートは、19世紀前半から港湾労働者、馬車の御者、街灯の点燈夫などの日常的な作業服として、普通に見うけられました。
しかし、1853年にメイフェアの仕立屋ジョン・エマリーが生地の防水処理方法を発明したとき、そうしたコートの実用性が飛躍的に高められることになりました。
彼は、この防水機能を備えたアウターウェアを生産する会社をアクアスキュータム(ラテン語で「水」と「盾」)と名付けました。
彼の新しいコートは軍隊ですぐに市場を開拓しました。クリミア戦争とボーア戦争の際、戦地に赴く将校たちに着用されたのが、アクアスキュータムが戦場に入った始まりです。


その後、1914年から1918年の紛争の時代までに、いくつかのスタイルの進化や融合を経て、ラグランスリーブ、二列ボタン、Dリング(必要に応じて地図ケース、勲章、剣をかける部品)、ベルト、ベント、エポーレット(手袋、警笛、ガスマスクや双眼鏡を固定する)、ボタンで前身頃を固く閉じることのできる上着など、現在でも見慣れたギャバジンのトレンチコートが完成しました。
トレンチコートは正規の官給品ではなかったのですが、当時の一般的な英国軍のウール100%の防寒コートは嵩張る上、ほとんど防水機能がありませんでした。そこで、将校たちは自分用の「トレンチコート」をオーダーして送らせました。
アクアスキュータムはすべての製品について、もし水漏れしたら新品と交換すると兵士たちに約束していたのですが、たちまち反対に、そのトレンチコートを称賛する手紙が届くこととなりました。

『無事に【アクアスキュータム】のコートを受け取りました。
それは、シュルバ湾のガリポリ半島を襲った11月26日の嵐や、他にも想像を絶する厳しい試練の中でも雨から守ってくれました』1916年まで、アクアスキュータムはこうした手紙を引用した広告を掲載しました。
終戦後には、頑丈な軍放出の衣類が膨大に出回るようになり、トレンチコートは一般市民の手にも渡るようになりました。


第二次世界大戦の頃までに、主に『カサブランカ』と『マルタの鷹』のハンフリー・ボガートのおかげで、トレンチコートも映画スターの仲間入りをしました。
これ以後、トレンチコートは急速に「正義と悪の二つの面を持つ男」の象徴になりました。
例えば、私立探偵(『大いなる眠り』のボガートやミッチャム)、ジャーナリスト(『アナザータイム アナザープレイス』でアクアスキュータムの"Kingsway"を身につけたショーン・コネリー)、ギャング(黒のアクアスキータムに身をつつむマイケル・ケイン演じるジャック・カーター)、そしてもちろん、諜報部員(『フォー・ユア・アイズ・オンリー』のボンド役ロジャー・ムーア)など。

これらの男性に共通しているのは何でしょうか?第一に、彼らは張り込みや捜査のためなら、どんな悪天候もいとわず外に出ます。
第二に、彼らには銃、カメラ、ノートを入れるためにたくさんのポケットが必要です。そして第三に、彼らは典型的な一匹狼です。
トレンチコートは頑固な冷徹主義者と同義になりました。もちろん、そこには優しさが秘められてはいますが(アクアスキュータムできめているピーター・セラーズの『クルーゾー警部』が滑稽なのは、こういったステレオタイプの正反対を演じたからでしょう)。
少なくとも以前は、それが常識でした。ところが最近は、はるかに幅広いファンを獲得しています。王族からロックスターまで(「プリンス・チャールズ」から「プリンス」まで)。
そして今日、それら全ての中にあって、アクアスキュータムのトレンチコートは極めてシンプルなメッセージを伝えています
―それを身につける者は、上品さ、上質、時代を超えて一流であることの価値を知っている―
Word by: Peter Howarth, former editor of Arena and Esquire


PHOTO CREDIT: JODIE SOUTHGATE